~その疑問、解決します~
学習お助けQ&A

国語【詩・短歌】

倒置法、体言止め、隠喩、直喩についてくわしく教えてください。

【倒置法】
文の中の語句の順序を入れ換えて、通常とは逆にし、意味を強調する方法。
例)
「歌え、声高らかに。」←「声高らかに歌え。」という文の順序を入れ換えています。
「いつまでも立っていた、雨の中に。」←「雨の中にいつまでも立っていた。」(こちらが通常の文ですね)

【体言止め】
行の終わりを名詞(体言)で結び、感動を強め、余韻を残す方法。
例)
「暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛」←「草笛」という名詞で結んでいます。
「目には見えないつばさの音」
「あなたが求めるものは、未来への希望。」

●倒置法と体言止め●
体言止めも倒置法も、通常の文とは異なる不規則な文にすることで意味を強め、印象を深める効果をねらっている…という点は共通しています。
ただ、体言止めは最後の言葉が体言ですから見た目でわかりますし、倒置法が使われている文は、語順を逆にすると通常の自然な文に戻るはずですから、そこで判断することができます。

【比喩】
ものごとを、他のものごとに例えて、印象を鮮明にする方法。
比喩にはいくつかの種類がありますが、よく聞かれるのは、以下の三つです。


<直喩(ちょくゆ)法>
「まるで~」や「~ようだ」などの語を用いて、何を何に例えるか明らかにする方法。

例)「流れる汗は滝のようだ」
「あなたは、まるで花のように美しい」
「綿菓子のような雪」


<隠喩(いんゆ)法>
「ようだ」などの語を省き、例えるものと例えられるものを直接結ぶ方法。
これは、上の直喩に慣れてからなら、理解しやすくなります。直喩にあった「ようだ」等の言葉は比喩の関係を示すヒントのようなものでしたが、ここではそれが省かれていますから、どのようなものが比喩されているのかは、直喩が理解できていないとわかりにくいです。この場合は、普通イコールで結べないはずのものがイコールのものとして書かれていることが多いので、それを見つけます。そして、そこに「~のような(に)」や「まるで~」を補って読んでみてください(直喩にしてみる、ということです)。それで自然な文になるようでしたら、隠喩ですね。

例)「滝の汗。」 → 「(まるで)滝の(ような)汗」
「あなたは花だ。」→ 「あなたは、(まるで)花(のよう)だ」
「人生は旅だ」 → 「人生は(まるで)旅(のよう)だ」


<擬人(ぎじん)法>
人間以外のものを、人間の動作や感情を表す言葉で例える方法。
例えば花はアハハと笑ったりはしませんが、美しく咲いたときの花弁の様子やその雰囲気を、人の満面の笑顔に例えて「花が笑う。」と言います。
また風に吹かれて葉っぱが飛んでいくとき、その飛んでいく様子を人が踊ることに例えて「木の葉が舞う」などのように言います。
このように人間でないものが人間のように書かれているな、と思ったら擬人法を考えましょう。擬人法にすると、たとえとしてそこにあるのは人間の行為ですから、私たちにはとても理解しやすく、生き生きと伝わってくるようになりますね。

例)「花が笑う。」
「木の葉が舞う。」

詩を何度読んでも、何をいっているのかわかりません。

詩では、たとえを使って表現していることが多く、あまり自分になじみがないテーマだとピンとこないことがありますよね。ポイントは以下の3つです。

1.〈詩のタイトル〉に着目する
タイトルは詩のまとめにあたるものなので、テーマとなる題材やそれに関わるものを取り上げていることが多いです。題材がわかれば、筆者の詩の世界観にも入りやすくなります。

2.鑑賞文をもとに詩を読んでみる
鑑賞文も詩の内容を理解する手助けとなります。鑑賞文では詩で着目すべきポイントやわかりにくい表現を取り上げて説明してくれているので、詩だけを見て意味がわからない場合でも鑑賞文に沿って読み返すと意味がわかる場合もあります。

3.詩で使われている表現技法を押さえる
詩では、さまざまな表現技法が用いられます。表現技法は、詩のリズムをよくするだけではなく、詩に描かれた季節・時刻・場所等の情景を想像しやすくする効果もあります。知らないとわからない技法もあるので、教科書やZ会の教材に出てきたものは確実に覚えておくようにしましょう。

自由詩、定型詩、散文詩の見分け方について教えてください。

「定型詩」「自由詩」とは、詩を“音数”でわけたものです。俳句や短歌は《五・七・五》や《五・七・五・七・七》で書かれていますね。この五や七が「音数」とよばれるもので、声に出したときの文字数をいいます。俳句や短歌は、日本語では五音や七音にするとリズムよく聞こえるので、俳句や短歌のように、音数に決まりのある詩が多くあります。

「定型詩」と「自由詩」は、音数に決まりがあるかないかで見分けます。

■定型詩
行の音数を七・五・七のように決め、一定の決まり(リズム)を持たせた詩。
「海は広いな/大きいな…」の詩も七・五のくり返しです。このような詩を定型詩といいます。

■自由詩
定型のリズムを持たず、作者によって自由な詩体で書かれた詩。音数にとらわれない不定形の詩をいいます。普段目にする詩のほとんどが、この自由詩です。

また定型詩・自由詩のほかに、散文詩というものがあります。
散文詩は自由詩の一種ですが、途中で改行することなく、普通の文章のように書かれた詩のことをいいます。

■散文詩
自由詩の一種で散文のような詩。行分けにとらわれない散文形式の詩。おおまかな見分け方としては、以下のように考えられます。

●ごく一般的な「詩」のイメージに合った形をしている→定型詩か自由詩
定型詩→5・7調の言葉が並んでいる
自由詩→上記以外すべて

●「極端に短いエッセイ」のようだが、読んでみるとリズムがある→散文詩

短歌・俳句

「句切れ」はどうすればわかりますか?

短歌や俳句には、意味や言葉のつながりの上から、後の句に続かないでいったん切れるところがあります。普通の文でいうと句点(。)が付くところですが、短歌・俳句ではこれを「句切れ」といいます。
「句切れ」は切れる場所によって名前が異なり、最初の五音の終わりで切れる「初句切れ」、次の七音の終わりで切れる「二句切れ」、三句(五音)の終わりで切れる「三句切れ」、四句(七音)の終わりで切れる「四句切れ」があります。短歌は四句、俳句は三句(結句)の終わりまでに「句切れ」が無いものは「句切れなし」と言います。

<どこが「句切れ」か>
「句切れ」を探すときには、まずその短歌や俳句の意味を考え、表現を考慮して、句点(。)を打てるところを探すようにします。
しかし、短歌ではこれがなかなかわかりにくいのです。俳句には「切れ字」というものがあり、そこが「句切れ」になるので比較的楽に見つけられるのですが、短歌には、そのようなはっきりした目印がありません。ただ、【そこで「句切れ」になることが多い言葉の形】はありますので、内容や文の切れ目という考え方だけでは判断しきれないときには、これらを目安にして「句切れ」の候補を挙げ、意味や表現で最終的に判断していくようにします。ただし、これらは、あくまでも手がかりですから、これがあったら必ず「句切れ」になるわけではありません。

<短歌の句切れを見つける手がかり・・【各句の終わりにこれがあったら注目】する>
1: 助詞「かな」「かも」(感動のある言い切りの部分)
2: 活用する語の終止形(言い切り。特に語尾が「ぬ」「し」「り」「つ」になるもの)
3: 体言(体言止めになっているところ)
4: 係り結びの受けになっている「連体形」や「已然形」
5: 俳句の切れ字(「かな」・「けり」・「や」・「ぞ」・「よ」・「ず」・「らむ」等)
*中には重複するものもありますが、これらを覚えて「句切れ」の候補箇所を探しましょう。

「切れ字」とは何ですか。

切れ字は、意味内容の切れ目を示すことばで、作者の感動の中心を示し、余情や詠嘆を表します。切れ字のあるところが一句の感動の中心であると考えてよいでしょう。俳句や短歌で使われる切れ字は「深い、しみじみとした感動」を表し、「ああ、~であるなあ。」などと訳します。
助詞の「や」「かな」「ぞ」「か」「よ」や、助動詞の「けり」「たり」「り」「つ」「ぬ」「む」「らむ」「ず」「じ」などが、切れ字としてよく使用されます。
なかでも「や」「かな」「けり」「ぞ」などは切れ字の代表格ですので、覚えておきましょう。

「五・七・五」以外の形になっている俳句はありますか。

俳句は、「初句・第二句・結句」という三つの句でできている【定型詩】です。ですから、その形式にははっきりとした基本形があります。それが、「初句五音・第二句七音・結句五音」=「五・七・五」の形です。この基本形が俳句の「定型」とされています。

しかし俳句には、この定型から少し外れた音数を持つ<字余り・字足らず>と呼ばれる句もよく見られます。これらは、“定型に比べると字が多く、あまっている”ことから<字余り>と呼ばれるものと、“定型に比べると字が足りない”ことから<字足らず>と呼ばれるものです。<字余り・字足らず>の俳句は、“定型から少し外れた、非常によく見られる例外”というような存在だと考えてください。