「学ぶ」とは、何を目指すことなのか

Z会にゆかりの深い加地伸行先生から、中高生のみなさんへのメッセージをお届けします。

その3 文化の継承 ―進む道を決める―

(一)

人間は、その一生のうちで何を一番大切にするのでしょうか。

その答えは決まっています。飲食すなわち飲み食いです。もし飲み食いができませんでしたら、数日後には、倒れてしまうでしょう。

となりますと、すなわち、飲み食いだけの一生ですと、そこらのイヌやネコなどと変わりはなくなります。しかし、人間はイヌやネコとは異なります。

どこが異なるかと言いますと、人間は文字を作り、その文字によって歴史を書き残したのです。世界中で、いろいろな文字が生まれました。そうした文字を持った民族は自分たちの歴史を書き残していったのです。これは実にすごいことなのです。

(二)

どこがすごいかと言いますと、歴史に()って〈過去〉という時間があったことを知り、それを〈知る〉ことによって〈現在〉という時間を意識できます。すると、過去→現在と来れば、そこから次に〈未来〉という時間があることを想像できるわけです。

すなわち、過去→現在→未来という時間が存在することを、しぜんと知り、それを意識できるようになるわけです。

ここが、人間とイヌやネコらとの大きな違いなのです。イヌやネコらは、ひたすら〈現在〉の中で生きています。過去などどうでもいいのです。そして、未来など考えようにも考えられません。当然、彼らには〈歴史〉など存在しません。歴史がなければ〈文化〉など生まれません。

人間は、いや人間だけが、歴史・文化それらを支える言語を持っているのです。とすれば、生活において飲み食いだけに終わらず、言語・歴史・文化を知りたい、学びたいと思うのが人間です。

あなたたちは、そこらのイヌやネコとは違います。人間なのです。とすれば、人間が生みだした、作りだした〈言語・歴史・文化〉を学びたいではありませんか。そういう気持ちを持つのが人間らしいことなのです。では、それらを通じて、どのような考えを持てばよいのか、ということについては、改めてお話ししましょう。

(三)

もちろん、言語・歴史・文化といった領域は、人間の初期歴史のころの発生です。その後、農耕民族(日本がそうです〉は、植物の(たね)から育てて作物を得てゆきます。いわば生物学の始まりです。すると、作物には水が必要ということを知り、池や川から水を引く土木工事をするようになりました。そこから、土木工学が生まれます。さらには、引いてきた水を利用することを考え、水車を作ります……というふうにして、工学、その柱となる物理学、さらに発展して数学……というふうに、理工系の文化も生まれてきたのです。

そういうさまざまな文化(理論やその応用)が発展して、現代に至っているのです。それらは人類の財産です。イヌやネコにはそういうものはありません。彼らが持っているものは、飼い主が食物を入れてくれる(えさ)茶碗だけです。

(四)

さて、現代の受験生の皆さん。あなたたちは、人類が残してきたさまざまな文化のうちの、できれば自分の好きな方面に進もうとしているわけです。迷うことはありません。それが正しいのです。

しかしそれは、大学に入学してからのことです。大学側は、大学が準備しているいろいろな方面(「学部」がその大きな分類)のどれかを選んでください、とあなたがたに示しているわけです。

そして次の段階があります。その学部(それはあなたが決めます)で学ぶときに、基本的なことができていませんと困りますので、基本的な力を試すために試験をするわけです。それがいわゆる「入学試験」です。

いいですか、まず第一は、自分は大学でどういう方面の勉強をするかということを決めることです。これが一番大切なことなのです。自分は大学で何を学ぶのか、ということを決める、これが根本なのです。

もしも、大学でどういう方面を学ぶのかを決めないで受験するのなら、そんな受験、やめておきなさい。そんな受験は、あなたを不幸にするだけです。まず自分の進路、それを決めることです。そのとき、ご家族や高校の担任の先生としっかり話し合うことです。

その結果、学部が決まりましたら、そのような学部を持っている大学をさがしましょう。

その際、できれば自宅から通学できる大学を選ぶことを、私は勧めます。なぜなら、勉強したい方面があれば、大学では、ひたすらそれを一生懸命に勉強すべきだからです。学歴など、社会では実は通用しません。その人が、どれだけしっかり勉強したかが人生の宝となるのです。すなわち実力です。それを社会は見ています。また、ご家族の経済的負担を少しでも軽くすることです。となりますと、家からの通学が最上です。

(五)

皆さんにこうして大学受験についてお話をしてきましたが、いま、遠い昔の自分の受験のころを想い出しております。

私の家は貧しかったものですから、下宿はできませんでした。通学です。私は漢文がおもしろくて大好きでしたので、中国の思想を勉強したいと思っていました。幸い、当時、中国学に関して最高の先生方が数多くおられたのが京都大学でした。そこで京都大学を受験し、一浪後、幸い合格しました。

あなた方の今の受験時代の苦しみ、喜びは、遠くからですが、私にはよくわかります。どうか、懸命に最善を尽くしてください。

成功を祈っております。

Z会顧問 大阪大学名誉教授

加地伸行(かぢ のぶゆき)

1936年大阪生まれ。1960年京都大学文学部卒業。文学博士。高野山大学助教授、名古屋大学助教授、大阪大学教授、同志社大学フェローを経て、現在、立命館大学研究顧問、大阪大学名誉教授。専門は中国哲学。六十年来、Z会と深い関係があり、今日に至っている。