第1回で紹介した、2021年度以降の大学入試で中心的に評価される「思考力・判断力・表現力」。これらは、具体的にどのような力なのでしょうか。これからの社会で求められる資質・能力などについて調査・研究している基盤学力総合研究所・上之門宏美さんにお話を伺いました。基盤学力総合研究所について、詳しくはWebサイトをご覧ください。

◆問題や課題を「自分ごと」として考え、他者の考えを受け止めながら解決策を見出していく力

「思考力・判断力・表現力」とは、平たく言うと、世の中や身の回りの問題・課題を、まずは「自分ごと」として考え、さらには他の人の考えにも耳を傾けた上で、「じゃあこうしよう」と新しい解決策を見出していくことと言えます。
 
子どもたちが身につけるべき学力を平成19年に改正された学校教育法では「基礎的な知識および技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と規定しています。「思考力・判断力・表現力」はこの「学力の3要素」を簡略化して表現した言葉で、現行の学習指導要領や次期学習指導要領でも身につけるべき力として規定されています。 
 
この力についてより詳しく知るためには、私たちをとりまく社会の変化を見てみるとわかりやすいでしょう。
 
 初等中等教育において「思考力・判断力・表現力」が近年重視されるようになってきた背景には、「これからの社会は、激しく、予測不可能で、誰も避けられない変化が絶えず起こるだろう」という予測と、そのような予測不可能な社会で日本人が食いっぱぐれないようにしないといけない、使える人材を育てなければならないという、国の危機感や経済界からの要請があります。
 
「激しく、予測不可能で、誰も避けられない変化」の典型例が、スマートフォンやタブレット端末などの情報端末の発達です。これらの情報端末がこの10年間で著しく発達し、私たちの生活を大きく変えたことを、10年前に誰が予測できていたでしょうか。このような、私たちの生活に大きな影響を与えるにもかかわらず、変化の方向も、スピードも予測できないような変化が、これからも絶えず起こることが予測されます。
 
その要因の一つが、コンピュータをはじめとする情報通信技術の発展です。今や、人工知能は人間の能力に迫るほどに発達し、今の中学1年生が42歳になる2045年には、全人類の知能よりも高い情報処理能力を持つ人工知能が表れるという予測も出ています。
 
そして、遠くない将来、これまで人間が行っていた仕事の約半数が機械にとって替わられ、自動化されてしまうこと、また、今の子どもたちは将来、現在は存在していない、つまり大人たちが想像することができない職業に就くことが予測されています。例えば、営業担当者が顧客データを分析して次の提案方針を決めるといった「過去のデータの蓄積から最適解を導き出す」という行為が機械化されることもあり得るでしょう。

◆より高度化される「人間だからできる仕事」で力を発揮するためには不可欠なもの

となると、人間の仕事は2極化することが予想されます。
 
一つは、「見る」「聞く」といった五感を用いた情報処理を伴うなど、多くの人間には容易だが、コンピュータが苦手とする作業です。例えば、「この写真には何が写っているか」を瞬時に判断するという、画像とその意味内容を結びつける作業は、コンピュータにはうまくできません。コンピュータの画像認識の精度をより高めるために、人間が画像のタグ付けといった下準備を行うことになるでしょう。
 
もう一つは、コンピュータには実現できず、人間の中でも創造的な知的活動を行ってきた人間だけが行うことができる仕事です。具体的には、以下の3つのような行為を含む仕事です。
・ 文脈理解(発言の流れや意図を汲み取る、社会的課題の背景を理解する)
・ 状況判断(他者の意見を聞いた上で、新しい解決策を提示する)
・ 他者との協働・交渉(他者の意見を聞き、議論を重ねながら、協力していく)
 
「創造」や「イノベーション」という言葉で表せるような、持っている知識を活用し、さまざまな人と意見を交換した上で「じゃあ、こういう新しい価値のあるものを生み出そう」と結論を出すような仕事とも言えるでしょう。
 
今、国が育てようとしているのは、後者が可能な人間です。課題を自分ごととして捉えて、「私はこうしたい」と主体的に考えなければ、なかなかクリエーティブな発想は生まれてきません。また、激しく変化する社会で生きていくには、手持ちの知識だけでは限界がありますし、コンピュータの方がはるかに情報処理能力が優れている。そうなると、まったく自分とは異なる知識を持っている人と手をつないで、「私はこういうことを知ってるんだけど、こういうときどうすればいいのかな?」「それなら、こうすればいいと思うよ」と議論や試行錯誤を繰り返しながら、新しい価値を生んでいくことも必要になってきます。
 
このような、主体的に学び、さまざまな事象を自分ごととして捉える「自律的な学習者」とも言うべき人材を育てるために、国は今、教育改革や入試改革を推し進めているのです。そして、自律的な学習者として生きるための土台となるのが、「思考力・判断力・表現力」などの力なのです。

◆次回予告(2015年12月中旬掲載予定)

  • 「思考力・判断力・表現力」が2021年度以降の入試でどのような形式で問われることが予測されるか、上之門さんに解説していただきます。

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