Xbox®の周辺機器で産業技術を継承

あなたが自転車に乗り始めた時、バランスを崩して何度も転んだのではないだろうか。自転車の運転は、バランスを取ることとペダルによる推進という2つのスキルが複合されたものだ。これを同時ではなく別々に練習することで、運転スキルの習得が早くなる。
産業界でも、熟練技術を抽出して要素分解し、それを継承しやすくする取り組みが行われている。青山学院大学の松本俊之教授がVR(Virtual Reality)を使って開発したシステムもその一つで、マイクロソフト社のキネクト®が活用されている。これはゲーム機Xbox®の周辺機器で、ジェスチャーや音声を認識する。それがどう使われているのだろうか。
神奈川県にある株式会社オーエイは、金属板の加工や塗装を得意としている。主力商品の一つであるレンジフードは調理で発生する蒸気や油にさらされる。その制作には金属の腐食を防ぎ長期間劣化しない塗装技術が必要だ。同社では長らく、熟練作業者が実際の仕事を通して、塗装技術を新人作業者に伝えていた。しかし、この方法では指導者の個人差が出るため、同社と連携して松本教授が作業訓練システムを開発した。
松本教授が開発したシステムは、キネクト®を使い、新人作業者の動作を図1のように視覚化する。これを予め記録した熟練作業者の動作データと比較して、要素分解されたスキルの中で、どこがどの程度違うのかを視覚的に把握できる仕組みだ。このシステムの導入により、均質かつ短期間に新人への熟練技術の伝達が可能となった。青山学院大学は、情報技術を活用して人の生活を豊かにする取組<次世代Well-Being>を進めており、このシステムもその成果の一つだ。
キネクト®を使ったこのシステムは、新人を初級から中級へ導くことはできるが、そこからより高度な上級の技術に到達することはまだできない。オーエイの社員は自らの技術力向上のため、コンテストに参加する作品として金属製のバイオリン(図2)を設計および制作した。この挑戦により、金型の設計、曲面の加工、表面の研磨、溶接の4つの技術を向上させた。こうした不断の挑戦が、日本の産業技術を支えている。
 

松本俊之教授(理工学部経営システム工学科)

 専門は生産工学、改善技術、生産管理, 生産情報システム, 環境教育。主に工場の生産性向上を工学的に研究。著書は『現場改善志向の生産情報システム』など。