「アート・コミュニケータ」のアイデアで、ミュージアムがもっと楽しくなる

とびラーの皆さんは、アート・コミュニケータとしてさまざまな企画を立案されていますが、これまでの取り組み例を教えてください。

今も継続している取り組みとして1つ具体例を挙げると、「ベビーカーツアー」という、育児中の方が赤ちゃんと一緒に美術館を楽しめるプログラムを立ち上げたチームがあります。発案者のとびラー自身が、お子さんが生まれたことで、電車やバスに乗っても「周りにご迷惑をかける存在」になってしまっているのではないかと考え、「居場所がない」と思うようになってしまった経験があったそうです。そこで、同じような気持ちで過ごしている保護者に向けて「美術館に赤ちゃんと一緒においで!」と呼びかけることで、美術館がそうしたファミリーが安心できる「居場所」になれればと思い、立ち上げたプログラムです。

このチームはとびらプロジェクトでの3年間の任期が終わった後も活動を続けていて、今は、東京都庭園美術館さんで赤ちゃんと楽しむ美術館というプログラムを実施しています。

ほかにも、車椅子の方のための建築ツアー、展覧会をより深く楽しむプログラムなど、さまざまな企画をしています。最近だと、学校に行くのがしんどいと感じている小中学生のためのプログラム「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」を開催しました。

とびラーの皆さんから、人と人、人とアートをつなぐさまざまな企画が生まれているのですね。専門性の高い学芸員の方々とはまた違ったアイデアも出てくるのでしょうか。

東京都美術館でアート・コミュニケーション係に勤務する学芸員は私を含めて4人いますが、私たち4人の頭で考えることと、140人いるとびラーから出てくるアイデアはまったく異なり、視点の違いを感じます。とびラーたちの気づきやアイデア、そのアイデアを美術館で実現することで社会をよりよくしていきたいという思い、そして、それを形にしていくエネルギーにはいつも驚かされています。

全国のミュージアムの中には、高校生もアート・コミュニケータの募集対象にしているところもあります。どのような関心をもつ高校生にアート・コミュニケータの活動はおすすめですか?

ミュージアムによって、アート・コミュニケータの活動の目的はそれぞれ異なります。とびらプロジェクトは高校生を除いた18歳以上の方が対象ですが、たとえば、山口県宇部市が取り組んでいる「うーばー・プロジェクト」が募集するアート・コミュニケータは、高校生以上が対象です。宇部市は野外彫刻の街で、2年に一度UBEビエンナーレ(現代日本彫刻展)を開催していることから、プロジェクトを通じて市内の野外彫刻を通じてアートと人をつなげる取り組みをされています。ご自身で調べてみて、その目的に関心を持ったら、ぜひ臆することなく参加してみるといいと思います。

「会いたい作品」を一つ決めて、ミュージアムに行こう

ミュージアムに行ってみたいけれど迷いがあるという中高生に、おすすめの楽しみ方を教えていただけますか。

何か一つ、「この作品に会いに行こう!」という作品を決めると、行くまでの時間も、行ってからの時間も楽しめると思います。

ミュージアムに行く時には、おそらく、どのミュージアムのどの展示を見に行くのか、自分が関心があることを調べてから行くと思うんですね。絵が好きなのか、立体物が好きなのか…自分の関心を考えることから始めて、たとえば、家で使う食器に関心があってそれをたくさん見られるミュージアムを調べていく。すると、東京国立博物館には土器から茶道で使うお茶碗まで見られることがわかり、足を運ぶなど…。

そうやって調べていく中で「この作品を見てみたい!」「まずはこの1点を見られればOK」という作品を一つでもつくると、行くのが楽しみになります。旅行に行くときに下調べをして、目当ての場所を見つけるのと同じような感覚です。そういった準備をすることによって気持ちを高めてミュージアムに行き、実際に目にしたときの大きさや色への驚きや、さまざまな作品が並んでいる空間性も含めて体感できると、よい時間が過ごせるのではないかと思います。

実際に作品を見る際のおすすめの見方や感じ方はありますか?

たとえば、目だけで見るのではなく、自分の気持ちと頭の両方を使って見るとよいのではないかと思います。作品を見て自分はどのように考えたのか? それを言葉にするとどのように表現できそうか? など、気持ちと頭の両方を総動員して見る。

あとは、作品と友達になるような感覚で見ることでしょうか。というのは、作品がそこにある以上、それを作った誰かがいて、ミュージアムにあるものなら、その作品をすてきだなと思い脈々と残し守ってきた人がいます。作品と会っているのですが、それにつながる人と会っているとも言えるわけです。人と会うときって、視覚だけで会うことはなく、その人の全体性や、考えていることなどをよく見たり聞いたりしますよね? そんなふうに、友達に会いに行く感覚で気持ちと頭、そして五感を使って見る体験にすると楽しいと思います。

どうしてもミュージアムは敷居が高いと感じてしまう場合、足を運んでみるきっかけはどのようにしてつかめばいいでしょうか?

夏休みの自由研究などに活用するといいのではないでしょうか。何かテーマを作って作品を見に行ってもいいし、「ミュージアムってどういう場所なのか?」ということ自体を考えるのもいいと思います。後者は私が見たい研究ですね(笑)。アート・コミュニケータの活動に力を入れるミュージアムが少しずつ増えているように、21世紀のミュージアムは、誰もが訪れることができ、どんな人も安心して話せる場、そして、多様な人々のつながりを生む場であるべきだという考えが広がってきています。ミュージアムのあり方を考えることは、これからの時代とても大事になってきますし、考えてくれる若い方がいると私たちもとてもうれしいです。

でも本当に、好きなもの・ことを切り口に気軽に来てほしいと思います。洋服が好きなら、デザインや生地の模様の種類やルーツを知るという切り口もあるでしょうし、今はファッションブランドがミュージアムで展覧会を行うケースもあります。あるいは、絵本や漫画の原画展を行っているミュージアムもあります。まずは自分の関心をベースに気軽に足を運んでみてほしいですね。

実は、私自身は、絵を描くのが苦手だったので、図工・美術の授業が嫌いで、美術鑑賞も敬遠していました。ただ、高校生のときに、アメリカのイラストレーター、ノーマン・ロックウェルのイラストを好きになり、見てみたいと思って、当時、都内の美術館に見に行ったんです。慣れない場所で友達と一緒に迷いながらようやく着いた美術館で、今までポスターや広告、画集で見ていたイラストの本物を見られた喜びを感じ、大学生になってからは現代アートの展覧会も見に行くようになりました。

もっと遡ると、小学生のときに、好きだったいわさきちひろさんの本物の絵が見られる美術館があるということを知って、姉と母と三人で電車とバスを乗り継ぎ、東京・練馬にあるいわさきちひろ絵本美術館(現・ちひろ美術館・東京)に行った経験が原点かもしれません。絵本は自分の手元にありますが、世の中に一つしかない、作者本人が描いた原画に出会えたことがすごくうれしかったんです。

好きなこと・自分の興味のあることを掘り下げられること、本物を鑑賞できることがミュージアムの魅力ですね。中高生にも、ぜひミュージアムに行く楽しさを味わってほしいと思います。ありがとうございました。

熊谷 香寿美さん(東京都美術館学芸員 アート・コミュニケーション係長)

熊谷 香寿美さん
(東京都美術館学芸員 アート・コミュニケーション係長)

とびらプロジェクト / Museum Start あいうえの プロジェクトマネジャー
一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了。民間企業での約10年の勤務を経て、2013年より東京都美術館アート・コミュニケーション事業に従事。2018年には参加体験型の展覧会「BENTOおべんとう展―食べる・集う・つながるデザイン」を担当。2022年4月より現職。

全国のZ会員に聞いた、おすすめの美術館・博物館のリストです。これからミュージアムに行ってみたいと思った方、ぜひ参考にしてみてください!

熊谷香寿美さんのお話を読んで気づいたこと、
感想を教えてください。

「世界を広げる『アート』」のまとめ回(1月予定)に、皆さんから頂いた声とともに考察します。

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