「とびらプロジェクト」とは

東京都美術館・東京藝術大学と市民とが協働で行っている、美術館を拠点にアートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクトです。広く一般から集まったアート・コミュニケータ「とびラー」と、学芸員や大学の教員、そして第一線で活躍中の専門家がともに美術館を拠点に、そこにある文化資源を活かしながら、人と作品、人と人、人と場所をつなぐ活動を展開しています。「とびラー」の任期は3年間で、現在約140名の「とびラー」が活動しています。

「Museum Start あいうえの」とは

東京・上野公園に集まる美術館や博物館など9つの教育・文化施設が連携して取り組む、6歳から18歳までの子どもたちの“ミュージアム・デビュー”を応援するプロジェクトです。資料や作品を「観察・鑑賞」し「伝える・分かち合う」ことを基盤とした参加型のプログラムを通じて、本物をよく見て考え、発見する探究型の学びを実践しています。「すべてのこどもがミュージアムに来ることができるように」という考えから、学校単位で参加する「学校プログラム」、学年や関心に応じて個人で参加できる「ファミリー&ティーンズ・プログラム」、多様な家庭状況や文化的背景にある子どもたちを支えるNPOなどと連携した「ダイバーシティ・プログラム」の3種類のプログラムがあります。

作品を見て、感想を分かち合うことで広がる世界


▲「コートールド美術館展 魅惑の印象派」東京都美術館、2019

「Museum Start あいうえの」のプログラムは、グループでアートを鑑賞するという特徴がありますね。グループで鑑賞する意義や一人で鑑賞することとの違いをどのように考えていらっしゃいますか?

まず前提として、グループで鑑賞することと一人で鑑賞することに優劣はありません。どちらも大切な体験です。その上で、「Museum Start あいうえの」のプログラムの多くは、まずは一人で作品を見る→複数人で見る→もう一度一人で見る、または、一人で考えをまとめる、という流れをとっています。これは、個人の中でいっそう学びが深まっていくには、他者との視点の共有、すなわち、自分と異なる視点・観点を知る活動が欠かせないという考えからです。

作品を鑑賞する際は、まずは、自分が作品と出合い、何をどれだけキャッチできるかがとても大事です。ただ、作品を見て考えたことや感じたこと、心の動きなどを言葉にできなければ、もやもやしたまま終わってしまいます。誰かが隣にいてくれれば言葉にしやすくなりますし、言葉にして他者に伝えることで、自分が何を感じ、考えたのかを自覚し、自分のことがよりわかってきます。加えて、言葉にして伝え合う相手が複数になれば、同じ作品を見ても人によって考え方や感じ方が異なることもわかります。これらの体験を経て、もう一度自分一人で見る・考える時間を作ることで、もう一度作品に出合い直す体験につながっていくのです。

実際にプログラムに参加した中高生にも、そういった変化が起こっていますか?

たとえば、2014年度に行った「ティーンズ学芸員」という中高生向けのプログラムでは、自分の心の動きを言葉にしてグループの仲間に伝えるワークなどを通じて、参加した皆さんの表現する力が豊かになっていくことを感じました。

また、自分が気に入った作品を見て感じた驚きや感動を、自分の言葉で表現してその作品の音声ガイドをつくるというプログラム内容にあわせて、ミュージアムとはどのような場所なのかを考える時間も設けました。すると、最初は「自分とは関係のないところだと思っていた」「自分の考えを出す場所ではない気がする」といった意見が多かったのが、プログラムの終盤には「自分にとってすごく居心地のいい場所になった」「自分の頭で考える場所なんだと気づけた」などの変化も見られました。

直近では、高校生向けのプログラムとして、65歳以上のシニアの方と一緒にアートを見る「みる旅」も実施されていますね。

2021年度は、日米両方にルーツがあり両親の祖国が互いに敵国となるという戦争を経験した彫刻家、イサム・ノグチの展覧会「イサム・ノグチ 発見の道」と、太平洋戦争末期に存在した日本の原爆開発を背景に若者たちの決意と揺れる思いを描いた『映画 太陽の子』を見て、科学と芸術、そして戦争について高校生とシニアの方々が対話を重ねました。そして2022 年度は、「いとをかし(かわいい、おもしろい、最高、エモい!)を見つけよう」を合言葉に、国宝をはじめとした日本美術の流れをたどる展覧会「日本美術をひも解く 皇室、美の玉手箱」を鑑賞し、自分たちの視点で作品の魅力を発見するプログラムを行いました。前者は「科学技術はどうあるべきか?」「そもそも芸術とは?」、後者は「日本美術を残していくにはどうしていけばいいのか?」「文化を残すとはどういうことなのか?」というところまで議論が白熱して、とても豊かな時間が生まれました。


▲2021 年度に行った「みる旅 芸術と科学に出会い、過去と未来を旅する3 日間」のプログラムの中で、『映画 太陽の子』を見て気づいたことを書き出し、伝え合っている様子です。

分かち合いを支える存在「アート・コミュニケータ」

「あいうえの」のプログラムには、「とびらプロジェクト」で活動しているアート・コミュニケータの「とびラー」さんが関わっていますね。アート・コミュニケータとは、どのような役割を果たす方々なのでしょうか。

アート・コミュニケータとは、アートを介して誰もがフラットに参加できる対話の場をデザインし、さまざまな価値観をもつ人々を結びつけるコミュニティづくりに取り組む人々のことです。

東京都美術館は、隣接する東京藝術大学、そして市民と協働し、美術館を拠点にアートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクト「とびらプロジェクト」を2012年より行っています。そこで活動しているのが、広く一般から募ったアート・コミュニケータ、愛称「とびラー」です。

とびラーの皆さんはコミュニティづくりの基本や、対話を通して作品を楽しみ、鑑賞を深める活動の方法などを学び、来館者向けの企画づくりなどにも取り組みます。「Museum Start あいうえの」の各種プログラムのサポートもとびラーの役割の一つで、参加する子どもたちの言葉に耳を傾け、子どもたちが自分らしく学べる場になるよう寄り添っています。

とびラーの皆さんは子どもたちの伴走者のような役割を担っていらっしゃるのですね。「あいうえの」のプログラムにもとびラーの方が参加されることで、参加者も自分の思いや考えを表現しやすくなるのでしょうか。

「あいうえの」のプログラムに関わるうえで、一番大事にしているのが、「きく」こと、言い換えると「相手の存在自体に関心をもってきく」ことです。言葉だけに耳を傾けるのではなく、相手のそのときのありよう、たとえば、言葉ではこう言っているけれど本当にそう思っているかな? 目はどこを見ているかな? といったところも含めた相手の全体性に関心をもちながら、きくことを大事にしようと伝えています。

プログラムに参加する子どもたちは、自分の話をきいてくれるとびラーが隣にいることで、まだ明確に言葉になりきらないことも含めて、作品をみて考えたことをその場で話すことができます。その子の中で生まれた何かが育つのを隣で見守っている存在と言えるでしょうか。中高生の皆さんにとっては、普段の人間関係のしがらみや「自分はこういうキャラだから言えない」といった枠を外して、そのとき率直に思ったことを発言しやすくなる存在かなと思います。

また、グループで作品鑑賞する時には発言がなかった子が、一人で鑑賞する時間ではじっくりとよく見ている様子も見られます。これは、グループの時間でほかの人の話を聞く中で作品を見る態勢が作ることができ、一人になったときに作品と向き合えているということだと思っています。


▲美術館の休室日に、貸切の状態で子どもたちがじっくり展示を鑑賞できる「スペシャル・マンデー」に参加した小学生が、とびラーさんと展示を鑑賞し、気づいたことをまとめてくれたノートです。
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人と人、人とアートがつながる場としてのミュージアム

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