2017年度東京大学個別試験 分析速報

■分量と難度の変化(理科…時間:2科目150分)
・全体的に易化。どの中問も東大としては例年に比べてかなり標準的な問題で,それぞれ完答もめざせる内容だった。
・全体の分量は減少。2016年度までは大問3問とも2つの中問があり実質6題だったが,2017年度は大問として有機,無機,理論分野が1問ずつ,そのうち無機,理論分野が2つの中問に分かれており,実質5題の出題だった。小問数でみても2015年度34問,2016年度27問,2017年度24問,とここ2年減少している。
■今年度入試の特記事項 
・出題順が第1問:有機,第2問:無機,第3問:理論 の順だった(例年は,第1問:理論,第2問:理論・無機,第3問:有機,の順)。
・第1問は中問に分かれておらず,実質5題の構成だった(例年は大問3題がそれぞれ2つの中問に分割され,実質6題の構成)。
・例年,理論分野の割合が高く,無機分野は理論との複合で出題されることが多かったが,2017年度は,第2問で無機分野の各論がしっかり問われた出題だった。
・論述問題はいずれも文字数指定がなかった。
・煩雑な計算を必要とする問題が減り,計算しやすい値の計算問題も多くみられた。
・実験装置は見慣れた図であるなど,例年東大でみられるような,目新しい題材や見慣れない図についての出題はなかった。
・2015年度,2016年度と続けて出題された,実験の報告書(レポート)に関する出題が2017年度はなかった。
■合否の分かれ目 
・2017年度は分量が減少し,各問題もかなり易化したため,合格には例年以上に高得点が必要になると考えられる。解ける問題を判断して選んでいくよりも,すべてに手をつけて得点をしっかりと確保することが重要だっただろう。
・ほとんどの問題で内容が標準的だったこともあり,長い問題文の題意を読み取って解答するより,身につけた知識を使いながら時間をかけずに手際よく解き進めていく力が必要。全体の分量が減少したとはいえ,試験時間に対して少ないわけでは決してなく,処理速度の速さが高得点につながる。
・論述問題の中には,高校範囲で扱うが深くはとりあげられない内容もあったため,必要なポイントを押さえて的確に論述できたかどうかで差がついただろう。
 
■大問別ポイント
 第1
問  
<有機> 有機化合物の構造決定・高分子化合物
前半は平易な有機化合物の構造決定の問題。後半は高分子化合物に関する問いだが,それほど難度は高くない。
は元素分析の装置に関する基本的な問題である。
は元素分析結果が計算しやすい値になっており,容易にAの分子式が決まる。
BAと同じ分子式であることと,問題文に与えられた部分構造と加水分解生成物から構造を決定できる。
Dとして考えられる構造を書き出す際に,環状構造をもつ構造を見落とさないようにしたい。
の化合物FGの変化は,ビニルアルコールが不安定でアセトアルデヒドに変化する反応(ケト-エノール互変異性)のことである。
は高分子化合物に関する計算問題で,標準的な内容で与えられた値も計算しやすいものである。
は,学習が手薄になりがちな高分子化合物の分野の論述問題である。文字数の指定はなかった。通常の吸水性高分子はカルボキシ基部分がナトリウム塩だが,ここでは加水分解生成物が問われており,論述のポイントは何かがややわかりにくかったかもしれない。
 第2問 
  I  <無機> 金属イオンの分離
スマートフォンなどに使われた希少金属を分離・回収するという,いわゆる“都市鉱山”をとりあげた出題だったが,内容は典型的な金属イオンの分離操作である。
(1)のハロゲン化銀に光を照射すると単体が遊離する性質は,写真フィルムに利用されている。教科書でとりあげられる標準的な内容だが,「試薬,熱,電気を使うことなく」という設問文で思い出せただろうか。(2)の操作は銀鏡反応であり,還元性をもつ脂肪酸を考えればよい。
は,x;炭酸イオンと反応して沈殿をつくるイオンはこの中に複数あるが,z;硫酸イオンと反応して沈殿を生じるイオンはBa2+のみである。
のように,実験操作の手順を誤ってしまった場合の結果や,詳細な実験操作の手順を求められる問題では,無機化学を暗記分野として学習するのではなく,実験の手順やその意味を理解して学んだかどうかを問われたといえるだろう。
の炎色反応の設問は基本的な内容。たいていの試薬に対して沈殿を生じずろ液に残り続けるイオンは,本問の中ではLiのみである。
は溶解度積の問題。与えられている数値が多くあるが,解答に必要なのは硫化亜鉛ZnSの溶解度積と亜鉛イオンの濃度,硫化水素H2Sの濃度と電離定数である。立式してからの計算も煩雑ではない。
 
II <無機> 窒素化合物
窒素化合物に関する総合的な出題である。
は基本的で,窒素を含む代表的な化合物を書き出して酸化数を確認すれば解答できる。
では,NO2と水との反応は,実際のところは水温によって異なる。冷水との反応であれば2NO2+H2O→HNO3+HNO2(教科書では通常この反応には触れていない),温水との反応であれば3NO2+H2O→2HNO3+NO(オストワルト法で紹介される反応式)となる。
について,高校では,Cuと濃HNO3の反応でNO2が,Cuと希HNO3の反応でNOが発生すると学習するが,実際には問題文のとおりNOとNO2がともに発生する。その割合が硝酸の濃度に依存する理由は,3NO2+H2O→2HNO3+NOの反応式を参照して考えることができる。
は,ここで述べられた硝酸の製造の操作は蒸留であり,塩酸は揮発性であることと,濃硫酸は不揮発性であることに気づけばよい。
は,設問文にある電子式からおおよその解答の方向性はつかめたと思うが,それをうまく論述するのが意外と難しい。
 
 第3問 
  I <理論> 電池・電気分解
鉛蓄電池と,水酸化ナトリウム水溶液の電気分解という基本的な題材である。
は鉛蓄電池の両極の反応を答えればよく,基本的な内容。
は,電解液や電極の質量変化を「放電時間に対する物質の重量変化」のグラフから読み取ればよい。なお,は,最後まで計算しなくても,各電極の質量変化を比で考えれば,グラフから解答を決定することができる。
(ii)は,電解液の硫酸が消費されると同時に,水が生成することを見落とさないようにしたい。ちなみに,与えられたSの原子量は32.1だが,解答で求められているのが有効数字2桁なので,S=32とまるめて計算しても答えの値には差し支えないだろう。(iii)は,酸素を水上置換で捕集したことを忘れないこと。
 
II <理論> 気相平衡
気体どうしの可逆反応について,ルシャトリエの原理の基本的な理解を問う問題と,圧平衡定数を用いた計算問題である。
は,基本的な問題である。
は容積一定であるので,成分気体の分圧の比は成分気体の物質量の比に等しいことから容易に計算できる。
は計算ミスをしなければ問題なく立式,計算できるだろう。ただし,反応物(窒素N2)を加えたにもかかわらず,平衡が逆反応の方向(反応物が増加する方向)に移動するという計算結果は,感覚的に理解しにくくとまどったかもしれない。全圧一定であることからN2を加えると体積が増大するが,その際,反応物の増加の影響より体積増大の影響の方が大きく,全体の分子数が増加する方向に反応が進んだ,ということである。

東大化学攻略のためのアドバイス

2017年度の東大化学は例年になく標準的な難易度の出題で,見慣れない題材について長いリード文を読んだり,高校範囲の知識を応用させて考えたりするような出題はほとんどなかったといえる。ただし,この傾向が来年以降も続くとは限らない。基本的な事項を,暗記するだけではなく深く理解しておくことはもちろん,例年どおりの難度の高い応用問題が出題されても対応できるだけの十分な力をつけておくべきである。

東大化学を攻略するには、次の3つの要素を満たすことをめざそう。
●要求1● 難問に対応する思考力と応用力
   東大化学では,高校で学習する内容をそのままあてはめるだけの問題も出題されるが,合否の決め手となるのは,高校範囲の知識を応用させて考える問題である。よって,基礎力の確立と,それを柔軟に使いこなせる思考力,応用力の養成が求められる。全分野において法則を正しく使いこなせるようになるのが第一である。
●要求2● 長い問題文を短時間で読み解く読解力
東大化学では,見慣れない題材についての長い問題文を読み,題意を読み取り解答する問題が出題される。限られた時間の中で問題文を読みこなし,正確に理解する力が要求される。見慣れない題材にも臆さないよう,他大学の過去問(京大・阪大といった難関大)にも目を向けて演習しておくとよい。
●要求3● 計算問題の解答時間を短縮する計算力
煩雑な計算問題がよく出題される東大化学では,計算力を身につけることが必須である。ふだんの問題演習では,電卓を使用したり,頭の中だけで考えたりするのではなく,実際に手を動かして計算し,計算自体に早いうちからしっかり慣れておこう。
  まずは,高校化学の内容を完全に理解することから始めよう。高校化学の内容で曖昧な部分があると,●要求1●を満たすことはできない。近年の東大化学では,応用問題を解くうえで前提となる標準的な内容を確実に押さえることが,よりいっそう求められている。また,有機の「高分子化合物」の単元は対策が遅れがちなので,とくに意識して取り組んでおきたい。Z会の通信教育やZ会の本『化学 解法の焦点』などを利用して,基本的な各単元の理解を確認しながら学習を進めよう。
 高校化学全般の内容を理解したら,次に●要求1●を満たすために,高校範囲の内容を応用させて考える問題に取り組んでみよう。このタイプの問題は問題文が長いことが多いため,並行して●要求2●を満たしていくこともできる。Z会の通信教育でも,さまざまなタイプの添削問題を通して,演習を積んでいく。
 演習を順調にこなしていけるようであれば,●要求3●もある程度は満たされていくであろう。自分の得意不得意,問題の難易度などを意識し,解答時間内で得点を最大化できるような自分の解き方を身につけてほしい。
 
▼「東大コース」化学担当者からのメッセージ
今年の東大化学は,例年になく標準的な難易度で,これまでにきっと見たことがあるであろう題材の出題がほとんどでした。ただし,そうはいっても,論述問題や実験操作の問題にみられるように,高校範囲で当たり前に学習する内容を,暗記ではなく深く理解しているかどうかを問われる出題だったといえそうです。また,今年のような難易度であればもちろん,合格するためにはかなりの高得点が必要になります。
今年,大問の構成や出題の傾向が大きく変わったとはいえ,標準的な内容をしっかりと理解することや,計算力を高めて手際よく処理することが重要であることは変わりません。傾向の変化に惑わされることなく,学習を積み重ねていきましょう。